<雑談>リンゴ・スターがナイト爵位を叙勲!

蒲郡の酒屋「まん天や」の日記ブログにお越しいただきありがとうございます。
木村です。

年末年始が忙しく、あっという間に過ぎていきました。

本日は2018年1月8日。今年も一週間が経ち、昨日蒲郡では消防団の出初式や成人式が行われました。
明日からは長男が通う幼稚園の新学期もはじまります。
世間もお正月気分から、少しずつ日常を取り戻しつつある事を感じます。

私もここ何日かは、お正月という事で心に余裕が無かったせいでしょうか、

「残り在庫、あと〇本です!お急ぎください!!」

…と、連日お客様を急かすような、せわしないブログばかり書いてしまいました。。。
というわけで今日はお酒と全く関係のない雑談を、ただダラダラと書きたいと思います。

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この年末年始に大掃除をしていた時、
昔から私の部屋に貼ってあるボロボロのビートルズのポスターが目に入りました。

これは私が高校時代から貼っていたポスターで、
20年以上も前の代物のため、かなり汚れて色褪せていたのですが、
一昨年前に大阪から蒲郡に戻ってきてからというものの、
子ども達の悪戯等でポスターの端がベリベリに破られ、更にボロボロになってしまいました。

大掃除のタイミングという事もあり、
「この機会に捨ててしまおうか」「それともやめようか」と何日か逡巡していたのですが、
(結局捨てました)
そんな時に「リンゴ・スター氏がナイトの称号を受けた」というニュースが入ってきました。

*朝日新聞デジタル紙より~リンゴ・スター氏が「サー」に 元ビートルズでは2人目のナイト爵位~

https://www.asahi.com/articles/ASKD05CTVKD0UHBI00F.html

リンゴ・スター(本名リチャード・スターキー)はビートルズのドラマーとして日本でも有名です。
もう77歳ですが、2017年には19枚目となるオリジナルアルバムをリリースする等、まだまだ元気です。
長年のイギリス音楽文化への貢献が認められ、今回のナイト爵位叙勲となりました。


1963年 23歳のリンゴ

 


2017年 77歳のリンゴ(出典:朝日新聞デジタル)

 

ビートルズがアイドルだった頃は人懐っこくてかわいい印象でしたが、
77歳の喜寿を迎えた今ではダンディーでカッコいいですね!
ビートルズ来日当時、日本ではメンバーの中で一番女性人気があったのも肯けます。

私も高校時代は、ビートルズの音楽にかなりのめり込みました。
はじめてギターでまともに弾けた曲はビートルズの「blackbird」だったのを覚えてます。

ビートルズにはまったのをキッカケに、他のイギリスやアメリカの洋楽をはじめ、
ジャズ等、違うジャンルの音楽もよく聴くようになっていきました。
音楽だけでなく、英語や海外の文化にも興味を持てるようになり、
時間をつくっては一人で海外を旅行して、外国の方とも(カタコトですが)会話出来るようになりました。
まさにビートルズは私の世界を広げてくれた存在でもあるのです。

そんなビートルズのメンバーの中でも、リンゴはとても温和な性格で、ユーモアセンスに溢れており、
才能やエゴがぶつかり合うビートルズメンバーの仲を和ませる、良い緩衝材の役割を果たしておりました。
ビートルズ解散後、ソロ活動するメンバー全員と個人的に共演しているのもリンゴだけ。
リンゴはメンバーから特別に愛されていた事がうかがえます。

1990年代に来日した時には、某お酒メーカーのダジャレCMに出演してくれたり…、
どんな事でも快くOKを出してくれる器の大きさを感じます。

 

青森県のゆるキャラ「にゃんごスター」もリンゴスターが元ネタと公言していますが、
ご本人もOK出している(それ以前に知っている)のでしょうか…?

  

 

しかし、そんな柔和なリンゴがブチ切れたという、有名なエピソードがあります。

1968年のビートルズのアルバム「THE BEATLES(通称ホワイトアルバム)」録音中に、
ポールマッカートニーがリンゴのドラム演奏に度々注文を付けるのにウンザリし、
「じゃあ自分で叩けばいいじゃん!」とブチ切れてスタジオを飛び出したのです。

その後、本当にポールが自分でドラムを叩いて、楽曲を完成させたのも凄いのですが、
「やっぱりビートルズにはリンゴが必要だがね。戻ってきてくれ!」とあらためてリンゴに謝罪をします。
数日後リンゴがスタジオに戻ると、「歓迎」の文字と花で綺麗に飾られたドラムセットがあり、それを見たリンゴが大感動!
その後ポールのドラムプレイを聴いたリンゴは「すごくいいじゃん!」とポールを絶賛して、無事二人は仲直りしました。

そんなわけで、赤枠の2曲はポールがドラムを叩いてます。
もしこの時、二人が仲直りしなければ、このアルバムも完成せずに、
ビートルズは1968年にそのまま解散していたかもしれません。

価値観や能力が違うもの同士が集まって一つのものを作ろうとすると、その過程で摩擦が生じる事も多いですが、
自分だけでなく相手を尊重する気持ちが無いとゴールにたどり着く前にグループは空中分解してしまう。
成功したバンドならではの危うさが垣間見れるエピソードです。

危うい状態のバンドのメンバー達をつなぎとめるには、リンゴの柔和で思いやりのあるパーソナリティが必要だと、
うすうすポールは気付いていたのかもしれません。
もちろん人柄だけでなく、リンゴのドラム技術も凄いのですが(左利きなのに右利き用セットで難なく演奏する!)、
この「プチ脱退騒動」の後、リンゴは1970年の解散まで、ビートルズの中では「一人の伴奏者」としての役割に徹し、
自分のエゴを律し続けました。

そんなリンゴが初めてドラム・ソロを披露したのが、
ビートルズ最後のアルバム「アビイ・ロード」のポールの楽曲「THE END」だったのは、
ビートルズが終焉を迎え、リンゴのビートルズでの役割が終わった事を象徴しているようで、とても感慨深いです。
「ありがとうリンゴ!これからはソロで好きにやって良いんだよ!」という、ポールの粋な計らいだったのかもしれませんね。

リンゴはビートルズ解散後もマイペースで音楽活動を続け、様々なミュージシャンと共演を重ねました。
その活躍は2015年にはロックの殿堂入り、そして今回のナイト爵位叙勲としてやっと日の目を見ました。

サー・リンゴ。この度はナイト叙勲おめでとうございます!
これからも多くの人に愛される稀代のドラマーとしてのご活躍と、
多くの友達から少しだけ助けてもらいながら(With a Little Help from My Friends)、優しい歌声を響かせてください!

「タカラすりおろしりんご」で乾杯!

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