日本酒を脅かすもの⑫ 酒母の造り方は二通り!生もと系と速醸系。

蒲郡の酒屋「まん天や」の日記ブログにお越しいただきありがとうございます。
木村です。

本日から6月がスタートしました。昨夜から降っていた雨も朝には上がり、
お昼には太陽が顔を出して気温も上がり、夏らしくなってきました。
長男が通う幼稚園も本日から夏服に衣替えです。
来週には早くも「プール開き」らしく、今からワクワク(ビクビク?)しているようです。

今回のブログは「日本酒を脅かすもの」第12回。前回に引き続き「酒母造り」のお話ですが、
まず前回少しだけ触れた「乳酸菌」にスポットを当ててみたいと思います。

 

1:腸内環境だけでなく、酒母の環境も整えてくれる乳酸菌。でもその後は邪魔者扱い😢

「乳酸菌」と聞くと、真っ先に思い付くのがヨーグルトに含まれている「ビフィズス菌」です。
ビフィズス菌は人や動物の腸内に生息し、糖を分解して乳酸をはじめとした物質を造り出す乳酸菌の一種で、
俗に「腸内の善玉菌」と呼ばれ、腸内環境の正常化に有効と言われております。
今やヨーグルトだけではなく、様々な食品メーカーが乳酸菌入り商品を発売していて、
ちょっとしたブームになっているようですね。

「酒母造り」の世界でも同様に、乳酸菌は酒母の中の環境を整えてくれて、「酵母」を外敵から守ってくれます。
お酒造りはタンクを密封しない状態で行うため、造っている間に様々な雑菌がタンクの中に入り込む危険があります。
お酒に入り込んだ雑菌をそのままにしておくと、せっかく「酒母造り」で培養した酵母が死滅してしまいます。
この雑菌をやっつけてくれる物質が、乳酸菌が生み出す「乳酸」なのです。

「酵母」は他の雑菌と一緒になると淘汰されてしまう弱い存在ですが、酸性の環境には強いという特徴を持っています。
その特性を活かし、「乳酸」をタンクに入れる事で、タンク内が酸性にして、「酵母」だけが増殖しやすい環境にするのです。
環境が整った後、満を持して培養する「酵母」をタンクに投入します。

お酒造りは、「雑菌との戦い」の連続です。
前工程の「麹造り」では、納豆菌が混入したら麹が駄目になってしまうお話しもありましたが、
まだ微生物や雑菌等の存在すらも確認できていなかったはるか昔から、
経験則からお酒が悪くなってしまう原因を把握して、乳酸を加える事をしていたのですから驚きですね!

でも実は、この乳酸菌自体もお酒造り全体の世界では「雑菌」なのです。
そのため、酵母にとって大切な乳酸を造り出して、タンクの中が酸性になると、
乳酸菌自らもその酸性の環境に耐え切れずに死滅してしまうという、悲しい末路をたどります…😢。
あくまで「酒母造り」の工程で必要な乳酸を得るためだけに必要とされる菌なのです。

後のお酒造りの工程で、もしこの乳酸菌がタンクに混入したら、
不快な酸味や異臭をお酒にもたらしてしまうため嫌われています。
でもお酒造りには欠かすことの出来ない乳酸を造ってくれるため、「必要悪」としてお酒造りに登場する。。

例えるなら、アンパンマンの世界の「バイキンマン」のような存在なのかもしれませんね💦。

 

2:昔ながらの「生もと系」と、新しく効率的な「速醸系」。

前項で、乳酸菌の力で得た乳酸でタンク内を酸性にする流れのお話しをさせていただきましたが、
この方法で造られた酒母を「生もと系酒母」と呼びます。

これは何百年前から行われている昔ながらの伝統的な手法で、
酒蔵内に生息する乳酸菌を取り込み、繁殖させて乳酸を得る方法です。
仕込みにほぼ1ヶ月かかるなど、大変な労力と時間を必要としますが、
乳酸菌が生み出す乳酸以外の様々な成分が香味に影響を与え、
濃厚でふくらみ、奥行きのあるお酒になるのが特徴です。

これに対し、労力と時間を減らすために近代になって考案された方法が「速醸系酒母」と呼びます。

これは酒母造りの最初の段階で、液体状の「醸造用乳酸」を加え、素早くタンク内を酸性にする方法です。
1910年に国立醸造試験所で考えられた手法で、「生もと系」に比べると約半分の日数(半月ほど)で育成が出来るため、
時間、労力など様々なコストを抑える事が出来ます。
乳酸を直接取り込むから、乳酸菌は不要。
そのため乳酸菌による香味への影響が無いため、淡麗なお酒になるのが特徴です。

下の表に「生もと系酒母」と「速醸系酒母」のそれぞれの特徴をまとめました。
出典はFBOによるテキスト「日本酒の基」からです。

 生もと系酒母(きもとけいしゅぼ) 速醸系酒母(そくじょうけいしゅぼ)
育成期間酒母の育成期間が長い
乳酸菌の育成をまたなければならない事、安全のために5℃前後の低温の中で仕込まなければならない事から長い育成期間が必要。
酒母の育成期間が短い
乳酸菌を育成する期間が必要ない事と、仕込み温度が20℃前後と高いので、蒸米の溶解と糖化が早く、育成期間が短い。
コストコストが高い
育成期間が長いため、速醸系酒母に比べて労力やエネルギーなど様々なコストがかかる。
コストが低い
生もと系酒母に比べ育成日数が短いため、労力やエネルギーなど様々なコストが抑えられる。
品質一定した品質を得るのに技術を要する
速醸系酒母に比べ、様々な微生物が関与するので、これらの影響を管理するのに、非常な手間と技術を要する。
一定した品質が得られやすい
どんな微生物が繁殖するか分からない生もと系酒母に比べ、最初から乳酸を加え、タンク内を酸性にしているので他の微生物が繁殖するリスクが低く、一定した品質が得られやすい。
味わい濃厚な酒質が得られる
乳酸菌を始めとする様々な微生物がもたらす要素が味わいに影響し、速醸系酒母に比べると濃醇な酒質になる。
淡麗な酒質が得られる
乳酸菌がもたらす副産物が一切ない事と、硝酸還元菌など他の微生物がもたらす要素が無いために生もと系酒母に比べ、淡麗な酒質を得やすい。

 

3:歴史、伝統の再評価で再び脚光を浴びる「生もと系酒母」

以上、二通りの酒母造りについて説明させていただきました。
この中でもより効率的という事で、
現在の酒造りでは「速醸系酒母」が日本酒全体の9割を占める程になり、
伝統的な「生もと系酒母」は少なくなってきましたが、
手作りにこだわり、酒蔵独自の個性を追求するために、
あえてコストのかかる「生もと系酒母」に挑戦する酒蔵も出てきました。

現在の日本酒のトレンドとして「淡麗志向」が日本全体にありますが、
「生もと系酒母」にチャレンジする蔵元が少しずつ増えてくると、
近い将来「濃醇志向」の流れも出てきて、
より日本酒の世界が多様になり面白くなってくるかもしれません。

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最後までお読みいただきありがとうございました。
次回の「日本酒を脅かすもの」は今回紹介した「生もと系酒母」について、
更に詳しく掘り下げていきます。

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