日本酒を脅かすもの⑩ ~暑い!眠い!!体力勝負の「麹造り」~

蒲郡の酒屋「まん天や」の店長日記ブログにお越しいただきありがとうございました。
木村です。

5月も中旬になり、一気に暑くなってまいりました。
各地で夏日や真夏日を記録したというニュースも増えてきて、
沖縄・奄美地方では梅雨入りし、ビアガーデンのCMも出始めましたね。
そろそろ寝る時に、クーラーが必要になってきそうです。

蒲郡も、つい先週まで満開だったツツジの花は元気がなくなり、
道行く人も半袖姿の方が増えてきました。
蒲郡の春の風物詩である「潮干狩り」もピークを過ぎ、
近所の竹島海岸での潮干狩りは例年より早い5/14に終了してしまいました。

今年は冬から春になるのは、ゆっくりだったのですが、
春から夏になるのは、すごく駆け足になりそうな予感がします。
早くもうるさく周りを舞い始めた蚊を叩きながら、
「年々、春は短くなるな」と感じる今日この頃です。

さて、日本酒造りも寒いシーズンや、気温の低い環境の方が、
発酵がゆっくり進み繊細なお酒造りには適しているのですが、
酒造りの中には夏のように暑い状況で行う工程もあります。
今回のブログは「日本酒を脅かすもの」第10回。
「麹(こうじ)造り」についてのお話です。

 

1:「国菌」に認定された麹(こうじ)菌

お酒造りもこの「麹造り」から中盤戦に突入です。
これまでの工程は人の手、または機械によるものでしたが、
ここからは「自然の造り手」とも呼べる、目には見えない微生物が登場してきます。
まずはその一番手として登場する「麹菌」についての説明をさせていただきます。

麹菌は、お米のデンプン糖化を促すカビの一種です。
「カビの一種」と聞くと、お風呂場の壁などジメジメしたところに繁殖する
黒カビのような汚いイメージを思い浮かべてしまいますが、
日本酒造りに使われる麹菌は「ニホンコウジカビ(別名:アスペルギルス・オリゼ)」と言い、
黒カビとは全く違う種のもので、人間に危害を及ぼすカビ毒も発しない、黄緑色をした良性のカビで、
また日本の「国菌」にも認定された、日本の風土適したに由緒ある菌なのです。

この麹菌は、主に過熱した穀類等に生えて、「糖化酵素」を造り出します。
この糖化酵素は、穀類に含まれるデンプン質を糖分(ブドウ糖)に変える働きがあるため、
日本酒造りにおいては、次工程の「発酵」の際に必要な糖分をつくるために、
この麹菌を蒸米に繁殖させて「麹」をつくります。これが「麹造り(または製麹)」です。

日本酒造りは昔から「一麹、二もと、三造り」と言われ、麹造りは最も重要な工程とされてきました。
麹の出来栄えによって、発酵の状態が左右され、酒質に大きく関わってくるからです。

 

2:重労働の麹造り

以前、奈良県のとある酒蔵で麹造りを体験させていただいた事があります。
まだ若かった私は「蒸し米に種麹をパッパとふりかけるだけでしょ、楽勝!」
その思い込みは間違いでした。

前述の通り、麹造りはお酒の味わいに大きく影響を与える工程であるが故、
過酷な作業環境で、シビアな確認を繰り返しつつ、長時間に渡って行われます。
そのため体力と注意力が必要な、とても大変な作業でした。
体験的にしんどかったポイントを下記にまとめますと・・・、

①・麹室の中が蒸し風呂のように暑い!

…ただ蒸し米に種麹をまくだけでは、麹菌は繁殖してくれません。
麹菌が繁殖しやすいように、約35℃の高温の麹室(こうじむろ)の中で行われます。
この中で長時間作業が行われるのですがすぐに汗だくになるので、
替えのTシャツが麹室の外にたくさん用意されており、
着替えと水分補給を繰り返しながら作業してました。
「休憩時間が早く来ないかな」作業中はそればかり考えてました。。

②・約2日間、深夜も通しで行われる温度の見張り番。眠い!

…麹の使用用途によって蒸米の最適温度が変わったり、
繁殖の速度を調整するために布で包んで温度を調整したり、
麹造りにおいて温度管理は非常に重要な仕事になります。
そのため1時間置きに蒸米の山に刺さった温度計をチェックする必要があり、
深夜も蔵に泊まり込み、当番を決めてチェックします。
熟睡出来ないため、日中の仕事の疲れがなかなか取れなかったのを覚えています。

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あと、麹造りの際に気を付けないといけないのが、
麹菌以外の雑菌を麹室に持ち込まない事です。
例えば朝ごはんに納豆を食べてそのまま手を洗わずに麹室で作業すると、
納豆菌が麹米に繁殖してしまう危険があります。
(納豆菌は水が沸騰する100度になっても死なないのです)

納豆菌が繁殖すると、
スベリ麹と呼ばれるヌルヌルした納豆のような麹になって、
良いお酒が造れなくなってしまいます。
なので蔵人さんが麹室に入る時は手洗い、歯磨きを含め消毒は必須です。

皆さんも蔵見学される日は、納豆を食べる事は控えた方が良いです。
もし食べてしまった場合は手洗い歯磨きをすることで、
完全に納豆菌を消し去ってから蔵に入る事をお気を付け下さい。

以下に麹造りの工程の概略表を掲載致します。
FBOの利き酒師教科書「日本酒の基」を元にまとめました。

麹造りの作業内訳作業内容次作業までの所要時間
 ①引き込み
(ひきこみ)
 蒸米を麹室に搬入。34~36度に冷まし、布を掛け温度を均一にする。1~2時間
 ②床もみ
(とこもみ)
 種麹を蒸米にふりかけ揉みながら混ぜ合わせる。その後布を掛け温度を均一にする。(酒母用は32~33度。掛け米用は31~33度をキープ) 10~12時間
 ③切り返し
(きりかえし)
 固まってきた蒸米をほぐして揉み合わせ、温度と水分を均一にすると共に麹菌に酸素を供給する。 10~12時間
 ④盛り
(もり)
 蒸米に白い斑点(麹菌が繁殖した証)が見えるようになると、麹菌の増殖による発熱で温度が高くなり過ぎる事がある。温度調整をしやすくするため一定量ずつ箱に入れる。7~9時間
 ⑤仲仕事
(なかしごと)
 麹米の温度を下げて均一にするため攪拌し、箱の中で蒸米を6~7センチの厚さに広げていく。 6~7時間
 ⑥仕舞仕事
(しまいしごと)
麹米の温度を下げて均一にするため攪拌し、表面に溝を作って表面積を大きくし、余計な水分を蒸発させる。 8~12時間
 ⑦出麹
(でこうじ)
 仕舞仕事後、酒母用の麹は約12時間、掛け米用は約8時間後に出来上がり。その後これ以上麹菌が繁殖し過ぎないように麹室から出して冷ます。→麹の完成!ここまでおよそまる2日間かかります。

 

3:出来上がった麹の評価

前項のような長時間にわたる作業工程を経て出来上がった麹ですが、
麹菌の菌糸の繁殖度合いによって2タイプに分けられます。
菌糸の繁殖度合いを「破精(ハゼ)」と言い、この言葉を使って以下の表の様に分類されます。
こちらもFBOの利き酒師教科書「日本酒の基」を参考にまとめております。

麹のタイプ麹の状態使用される酒
 ①総破精型
(そうはぜがた)
 米の全表面から内部にまで菌糸が深く食い込んでいる状態。糖化力が高く、発酵が早い。レギュラー酒、
濃厚タイプの純米酒等
 ②突き破精型
(つきはぜがた)
 菌糸の食い込みが所々でまばらな状態。発酵がゆっくりとなり、香りを出しやすい。 吟醸酒等

上記の麹の造り分けは、蒸米に含まれる水分量や麹室の温度、湿度によって、
麹菌の繁殖度合いを促進したり、抑制したりする事で可能だそうですが、
麹菌の事を知り尽くした蔵人さんだからこそ出来る技なのです。

以下は総破精型と突き破精型のサンプル写真(FBO利き酒師教科書「日本酒の基」出典)です。
菌糸の生え方の状態が違うのがよく分かります。

終わりに:4年に1度の周期でブームとなっている麹

今回は麹造りについてのお話でした。
お酒造りにとって麹は、お米がお酒になるための原料を造り出す役割を果たすのみ、
決して表舞台には出てこない存在だったのですが、

最近の日本では麹そのものが脚光を浴びて、
2011年には「塩麹」が万能調味料としてブームとなったり、
2015年には麹飲料の「甘酒」が、飲む点滴、飲む美容液としてブームとなったり、
たびたびトレンドとしてとりあげられてきました。
日本酒の麹化粧水の市場もここ10年でかなり定着して来ました。
ビタミンB群、葉酸、ブトウ糖、オリゴ糖等など…、
健康や美容に欠かせない成分が豊富に含まれています。

越の誉の100%日本酒用麹で造った甘酒「蔵元のあまさけ」

このような「こうじブーム」の中で、若い世代や女性の方が麹をきっかけに、
日本酒造りや日本酒そのものにも興味を持っていただく方も増えてきているようです。

4年に1度、まるでオリンピックのようなサイクルでブームになっている麹ですが、
次ブームが来るとしたら、2020年東京オリンピックの前くらいでしょうか(笑)。
海外からの観光客も今後増えてくると思います。
願わくば次回は麹ブームという部分的なもので終わるのではなく、
日本酒全体の文化も含めて海外に発信出来たら良いなと思います。

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最後までお読みいただきありがとうございました。
次回は「発酵」についてのお話です。